いきものがかり よっちゃんのつぶやき
 

New Album
『My song Your song』

2008年12月24日発売
ESCL-3146/¥3,059(税込)

【収録曲】
1.プラネタリウム
2.気まぐれロマンティック
3.ブルーバード
4.スパイス・マジック
5.かげぼうし
6.帰りたくなったよ
7.message
8.Happy Smile Again
9.くちづけ
10.僕はここにいる
11.プギウギ
12.幻
13.心の花を咲かせよう
[bonus track]
14.帰りたくなったよ
-acoustic version-
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よっちゃんのつぶやき73
突如として、はじめます。



いきものがかり辞典。





…のコーナー。



いやさ、最近いきものがかりを知った人とかさ、やっぱり多いでしょ。




決してブログのネタがない!…ってわけじゃないのよ(笑)




ただ、ちょこっとずつでも知っていってもらったほうがいいじゃない。

いきもののことをさ。



ほら、いろんなところで必ず受ける質問とかもあるからさ、スタンダードなところを、こうリーダーの水野が書いていくみたいなさ(笑)




え?いや、だから違うって(笑)



ブログのネタがない!…ってわけじゃないから(笑)









いきものがかり辞典~イキペディア~



第1項 【いきものがかり(イキモノガカリ)の名前の由来】


メンバーである水野良樹と、山下穂尊が小学校1年生のときに二人でクラスの生き物係を担当していたことから。いきものがかりは1999年、まず水野と山下の二人で結成された。小中高と、同じ学校に通っていた二人だったが、小学校1年の時をのぞいてクラスも別々でお互い顔と名前を知っている程度だった。そのため、何年もの間、同じ学校に通っていたにも関わらず接点がほとんどなかった二人は、自分たちの唯一の接点である”生き物係”を仮のグループ名として決めた。
この「ま、とりあえずでつけた仮のグループ名」が、その後の人生まで左右するとは、もちろん二人とも全く予想していなかった。


第2項【吉岡聖恵(ヨシオカキヨエ)が加入した経緯】


吉岡は、水野と山下の高校の同級生の妹。
99年当時の路上ブームに便乗してストリートライブを始めた水野と山下だったが、半年ほどして、駅前のいたるところに自分たちと同じような”男二人組の路上ユニット”がいることに気付いた。当時、近くに女子高がある駅をわざわざ選んで路上ライブを行い、よこしまで、それでいて純粋な動機で活動を行っていた二人は「このままではありきたりでなんだかおもしろくない、…というかモテたいのがバレバレだ(汗)」と考え、自分たちの真ん中に女の子のボーカルを入れることを思いつく。そこで登場したのが歌がうまいと噂の”吉岡くんの妹”、吉岡聖恵だった。


第2項・続【吉岡聖恵を紹介した兄・吉岡くん(アニ・ヨシオカクン)が加入しなかった経緯】


吉岡を紹介してくれた吉岡の兄”吉岡くん”は、当時パンクバンドのボーカルをしていた。水野、山下、そしてその”吉岡くん”が通う高校は軽音楽部が無い一方で、バンドがとても盛んな学校で、校内にいくつものオリジナルバンドが乱立していた。そのなかでも水野が組んでいたバンド”Groovy★Jack”と、吉岡くんが組んでいた”HotSpring”はとても仲が良く、イベントを一緒に行ったりしていた。そんなパンクバンド”HotSpring”のボーカルをすでに担当していた”吉岡くん”を、わざわざ引き抜いてまで誘おうと思わなかったこと、そしてそもそも男の子じゃなくて女の子を探していたことが”吉岡くん”が加入しなかった要因だ。


第3項【海老名・厚木(エビナ・アツギ)】


神奈川県の県央地区に位置する、いきものがかりのメンバーの出身地。
水野・山下は海老名市出身で、吉岡は厚木市出身である。


第3項・続【海老名(エビナ)】


水野・山下の出身地。
東名高速道路の海老名サービスエリアが有名。水野は学生時代4年あまりの間、海老名サービスエリア(下り)でアルバイトをしていた。エリア内で売られるメロンパンは、各種メディアで何度も取り上げられるほど有名。ここ数年、駅前に出来た大型ショッピングモール”ビナウォーク”の影響で街が大きく発展し、「サービスエリアしかねぇー街」から脱皮しつつある。


第3項・続【厚木(アツギ)】


吉岡の出身地。
小田急線の「特急ロマンスカーが止まる駅」であることを盾に、「特急ロマンスカーが通り過ぎる駅」である永遠のライバル海老名と対抗してきた。意外と知られていないが、「ハーモニカの街」として全国的に有名である。また七沢温泉など、温泉がいくつかあることでも知られる。
ちなみに、マッカーサーが降り立ったことで有名な”厚木基地”は、厚木市内にはない。
ちなみに、小田急線と相模線の”厚木駅”は厚木市内にはない。なぜか海老名市内にある。



第4項【SAKURA(サクラ)】


いきものがかりのメジャーデビューシングル。
2005年、いきものがかりのメンバーはデビューに向けて試行錯誤を繰り返していた。インディーズ時代よりもはるかにハイペースで楽曲制作を行い、いくつものアレンジを試したり、何度も歌詞を書き直したりと、デモ制作の作業は難航を極めていた。
そんななかで自分たちを見失いかけていたメンバーは「一度、全部フラットにして、好きなように曲をつくろう」と、一度スタートラインに戻ることを決意、そのなかで上がってきた楽曲がのちにデビュー曲となるSAKURAだった。

当初、同名の名曲がすでに多く世に出ている”SAKURA”というタイトルでリリースすることには反対する声もあった。しかし、邦楽が大好きで、邦楽によって育てられたと認める自分たちが、その最もスタンダードなトピックである”桜”という存在に真正面から向かわないのは、かっこ悪いんじゃないか、「てか、そもそもこのサビじゃ”SAKURA”以外にタイトルつけられないよね」と思い立ち、そのままリリースすることとなった。

歌詞の制作は、楽曲以上に困難を極め、当時のディレクターと水野との歌詞についてのやりとりは数十回に及んだ。細かい修正も含めて30パターン近いボツ歌詞が存在する。最終的に、大阪のアメリカ村の喫茶店で現在の歌詞が完成した。
ちなみに歌詞が完成したとき、吉岡と山下は、喫茶店にひとり水野をとり残し、たこ焼きを食べていた。この話は大阪でのライブMCの定番ネタである。



第5項【水野良樹は本当にリーダーか(リーダーカ)】


メンバーは、公の場で、いきものがかりのリーダーは水野であると認めてはいる。
しかしながら、意外と知られていないが、このリーダーの決定は水野の自称である。
メンバー間では一度も誰がリーダーかを話し合ったことはない。水野がいつの間にか勝手に言い出していたことであり、それがそのまま知らず知らずのうちに追認されていった。

ひとつ要因を挙げるとすれば、インディーズ時代、ライブのチラシやHPを自分たちの手で制作するうえで、事務作業が得意な水野がそれらの仕事を一手に引き受け、いわばプレーイングマネージャー的に動いていた時期がわずかながらあったことが考えられる。

実際には、メンバー内のいざこざを「ま、どっちでもいいんじゃね」とそのおおらかさ抜群の一言でまとめあげる山下が実質的なリーダーなのではないかという説も根強い。











書き出したら、おもしろくなってきた。


今日は試しに5項目。


これ続けようかな。




ま、気が向いたら(笑)




なにかいきものがかりのことで知りたいことがあったらコメントにでも書いて聞いてちょ!!
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by ikimonogakari2 | 2007-11-06 03:48
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