いきものがかり よっちゃんのつぶやき
 

New Album
『My song Your song』

2008年12月24日発売
ESCL-3146/¥3,059(税込)

【収録曲】
1.プラネタリウム
2.気まぐれロマンティック
3.ブルーバード
4.スパイス・マジック
5.かげぼうし
6.帰りたくなったよ
7.message
8.Happy Smile Again
9.くちづけ
10.僕はここにいる
11.プギウギ
12.幻
13.心の花を咲かせよう
[bonus track]
14.帰りたくなったよ
-acoustic version-
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よっちゃんのつぶやき77

学園祭ツアーファイナル、岡山大学でのライブが終了!




岡山大学のみなさん、そしてこれまでお邪魔した各大学のみなさん、本当にありがとうございました。





今回のツアーは、約70分から80分を念頭においたセットリストをサポートメンバーたちとみんなで練りに練ってひとつつくったのね。


そのひとつのセットリストをとにかく洗練させていく感じで準備していって、毎回各地のステージでみんなにぶつけていったのだけど。



でもね、同じセットリストだけど、ひとつとして同じライブはなかったね。

それは決して俺らの側の力ではなくて、俺らを呼んでくれた学生さんたち、そしてライブを見に来てくれた各地のひとたちのパワーによるもの。


どこの大学も、どこの高校も、実行委員会の学生さんだったり、PTAや先生のみなさんだったりが、本当に何ヶ月もの間大変な思いをして準備をして、その日を迎えて、俺らを待ってくれていたわけで。




そこに宿る想いというか、そういうものがね、ステージに上がる前、そしてステージに上がった瞬間、いつも俺らにいい意味でのプレッシャーを与えてくれてたよ。


単に、自分たちだけでライブをやっているっていうのとは違う、何かステージのうしろから、俺らの背中を押して応援してくれている人たちがいるような感覚で、ツアーをすごせました。


本当にありがとう。


やっぱライブが一番楽しいと思う、俺は。

ライブやるために、みんなに聴いてほしいがために、曲つくるんだな、たぶん。それが一番、純粋。今さらながらに思う基本的思考。



曲作りのモチベーションが、約2年ぶりぐらいに戻ってきてます。


2年ぶりかよって感じだろうけど(笑)


いきものがかりのなかでの自分の立場とか、そういうこととか離れて、すごくパーソナルな感覚だと、そんぐらい。めっちゃ内面的なものね。


てか、穂尊に負けないように頑張らなきゃ(笑)



すばらしいライバル、すばらしい仲間。



そして、すばらしいリスナー。



完璧じゃん。




使いすぎだって、何度も言われても、この言葉を繰り返すよ(笑)



ありがとう!
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by ikimonogakari2 | 2007-11-26 23:27
よっちゃんのつぶやき76

いきものがかり辞典~イキペディア~





第15項 【山下の衣装(ホッチノイショウ)】

通常、全国放送の音楽番組など、注目度の大きいプロモーション現場や、CDジャケットなどの重要な撮影などにおいては、メンバーの衣装についてはプロのスタイリストの方にお願いすることが多い。しかし、一方で山下だけに関しては、持ち前の独特のファッションセンスが認められ、かなり多くの場面で自分自身で衣装を調達してくる。


第16項 【敵意(ホッチヘノテキイ)】

高校に入学したての頃の水野と山下は、同じ中学出身で実家も近所であったこと、さらには部活が盛んな高校だったにも関わらずふたりともどこにも所属していなかったことから、それまでの小中学校時代の疎遠(第1項を参照のこと)から急接近を果たし、一時期、一緒にふたりで学校から帰るようなことまであった。両人いわく「この時期は、出会ってから約20年間のなかで、唯一ふたりが“友達”だった時期」。
この頃、仲良くなったら出てくる定番の会話ネタである“恋愛”についての話題が、ある日の帰り道で昇ったとき、山下がある衝撃の一言を発した。

水野「…って言っても、山下くん(当時はそう呼んでいた)はモテるんじゃないの??」

山下「いや、そんなことないよ。みずやん(当時はそう呼んでいた)のほうがモテるんじゃない」

水野「うそだぁ。だってまだ俺彼女とかできたことないし。」

山下「俺もだよ。」

水野「え~、でも告白されたこととかあるんじゃない??」

次の一言である。



山下「いや、あるけど、でも10回ぐらいしかないよ。」



水野はそのとき、”敵意“という感情の本当の意味を知った。






第17項 【バックパッカー(ホッチガモテルリユウ)】

世界各地で安宿の旅をする人々のこと。メンバーの受験を機に始まった活動休止期間中に、山下はバックパッカーとして世界中を旅していた。大学1年時におもに東南アジアや南米などを中心に、すべてを合わせれば数ヶ月間に及ぶ長期間、日本を離れていた。実際に訪れたのは中国、タイやカンボジア、ニカラグアにホンジュラスなど、多くに渡る。当時は一度旅に出かけると1、2か月の間、連絡がとれなくなり、突然海外から消息を知らせる英文のメール(日本語が海外のPCで入力できないため)が水野のもとに送られてくるということが常であった。





第18項 【身長】

吉岡の身長は165cm、水野の身長は168cm、山下の身長は174cmである。
吉岡は童顔なせいもあってか、テレビや雑誌で見る限りでは身長が低いと思われがちだが、実際は女性としては十分に高いと言える身長である。ヒールのある靴などを履くと、ほとんど水野と変わらなくなるため、水野もかなり低いのではと思われがちである。




第19項 【呼び名】

メンバーがそれぞれを呼び合う際は、ばらばらの呼び方をする。

a)吉岡を呼ぶとき

水野「きよえ」(基本的には水野も山下もこの呼び方である)
山下「きよえ」
「きよえさん」(おもに、なにか注意をして吉岡をたしなめるときに使う)
吉岡の父「きーこ」「おい、ミュージシャン」

b)水野を呼ぶとき

吉岡「よっちゃん」
    「みぞくん」(高校生時代はこう呼んでいた。“水野くん”が早口になり、ほとんど“みぞくん”になった)
山下「よしき」
    「よしきさん」「みずのさん」(おもに、なにか注意をして水野をたしなめるときに使う)
吉岡の父「みずのくーん」(たいがい肩に手を置きながら低い声で)

c)山下を呼ぶとき

吉岡「やまちゃん」(こんなふうに山下を呼ぶのは地元では吉岡だけである)
   「やまなみさん」(大河ドラマの新撰組!を見ていたら登場人物に“やまなみさん(山南敬介)”)という人物がいて、それがうつってしまったもの)
   「やんまー」(やんまーまーぼー天気予報の影響)

水野「ほたか」(下の名前で山下を呼ぶのは家族以外で水野がはじめて)
   「ほっちくん」(おもに、山下になにかお願い事をするときに用いる)

山下家の人々「ほっち」(地元ではこの呼び名が定着しており、親戚内はもとより、家族内でも山下は“ほっち”と呼ばれることのほうが多い)
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by ikimonogakari2 | 2007-11-20 00:55
よっちゃんのつぶやき75


いきものがかり辞典~イキペディア~



第10項 【ものまね(モノマネ)】


吉岡が得意とする一発芸。そのレパートリーは、テレビの全国放送でも発表して、ファンにもよく知られているものから、メンバーにしかわからないレアなものまで多数ある。
また、意外と知られていないが、水野・山下もそれぞれいくつかのものまねネタを持っている。


以下、吉岡のものまねレパートリーの一部を抜粋する。


a) クレヨンしんちゃん

吉岡のものまねキャリアはここから始まった。小学校の登校班のメンバーのなかで誰よりもうまくできたことをきっかけに、彼女はものまねに対して自信を得てきた。最近では地元テレビ神奈川の人気番組「SakuSaku」内で、パーソナリティの中村優ちゃんと”クレヨンしんちゃんものまねバトル”を演じたことでも有名。


b)アンパンマンのカバ夫くん

国民的アニメ「アンパンマン」に登場するレアキャラである。ちなみに、クレヨンしんちゃんの声と、カバ夫くんの声のものまねの違いは、やっている吉岡にしかわからないほど、似ている。


c)千と千尋の神隠しのボウ

「千尋をいじめたら怒るぞ」というセリフにおけるクリソツぶりは天下一品。数ある吉岡のジブリレパートリーのなかでも一、二を争うヒットである。


d)魔女の宅急便の絵描きのお姉さん

「魔女の血、絵描きの血、パン職人の血…いいねぇ、わたしそういうの好きよ」というセリフにおけるなめらかぶりは天下一品。ものまねというか、その場面の再現である。

e)となりのトトロのおばちゃん

「これぇ~かぁんたぁ~っ」
この瞬発力といったらない。先頭打者にも関わらず初球のストレートをライトスタンドに鮮やかに叩き込む高橋由伸選手のごとき潔さである。

f) となりのトトロのかんた

「やぁ~い、おまえんち、おっばけや~しき」
おもにeのものまねの次に間髪入れず放たれるものまねである。
通産犠打記録533本の世界記録を有する“つなぎ”の天才川相昌弘元選手のごとき絶妙さである。

g)となりのトトロのさつき

「わたし、おとこのこきらぁ~い、でもおばあちゃんのつくるおはぎだぁ~いすき」
e,fに続き、となりのトトロシリーズを締めくくるのがこのモノマネ。
1989年の日本シリーズ、当時近鉄の吉井理人投手に前打者のウォーレン・クロマティ選手を敬遠され、まさかの満塁策をとられながら、豪快に意地の満塁ホームランを放って見せた原辰徳元選手のごときフィニッシュさである。

h)吉岡聖恵の母

誰にもわからないシリーズ第1弾。
カラオケで小林明子の「恋におちて」を歌う際、どうしても語尾がさがってしまう吉岡聖恵の母のモノマネである。ちなみに、声はともかく、顔についてはすごく似ている。

i)吉岡聖恵の祖父

誰にもわからないシリーズ第2弾。
家に専用のカラオケルームがあるほど歌好きな吉岡家のまさに長老的存在、吉岡聖恵の祖父のモノマネ。十八番は北島三郎御大の「祭り」である。

j)吉岡聖恵の兄

誰にもわからないシリーズ第3弾。
昔は水野が組んでいたバンドのライバルであったパンクバンドのボーカルとしてブイブイ言わせていた吉岡聖恵の兄のモノマネ。基本的に「ファン!ファン!!ファファファン♪!!」と連呼することで成立し、文字だけではそのわからなさ加減が極地に達する。ちなみに、声はともかく、顔については似ているを越えて、同じである。

k)ウミガメ

産卵期を控えた大海の長老、ウミガメのモノマネ。ウミガメがなぜかしゃべる。
インディーズ時代はひんぱんに見ることができたが、モノマネ時の表情が放送事故に近いため、デビュー後はなかなか登場することがないレア芸である。

l)リクガメ

産卵期を控えた大陸の長老、リクガメのモノマネ。それってようは普通のカメじゃん、という突っ込みはここでは意味をなさない。ウミガメの声を高くするとリクガメになる。

m)音痴なひとのモノマネ

島谷ひとみの「亜麻色の乙女」を一生懸命に歌うも、元ヤクルトスワローズの広沢克己選手の広角打法並に音程を四方八方へ打ち分けてしまう人のモノマネ。



第11項 【かおりちゃん(カオリチャン)】

いきものがかりのマネージャー。26歳、独身。好きな男性のタイプは谷原章介。
ライブ後の物販に命をかけ、いきものがかりの定番グッズである“黄色いタオル”の売り上げに関しては鬼のような執念を見せる。また、打ち上げなどでいきものチームの男性陣がちょっとエッチな話題に盛り上がっていると「この、ばか者たちがっ!!」と厳しく叱責する。
ちなみに、出身大学を聞くと、驚かない人はいない。
いきものタオルは一枚1000円。
いきもの携帯ストラップは一個1300円。
かおりちゃんの笑顔はプライスレスである。



第12項 【ジュディマロ(ジュディマロ)】

吉岡が高校時代に友人と組んでいたJUDY&MARYのコピーバンド。
ジュディマリの大ファンだった吉岡は、バンドの友人たちとYUKIの衣装を真似て手作りでつくりあげた舞台衣装を身にまとって、文化祭のステージにたっていた。校内の人気投票で3バンドだけが許される後夜祭のステージに立ち、学内の人気者になっていた。


第13項 【黄色いTシャツ(キイロイティーシャツ)】

デビュー当時の吉岡の衣装の定番スタイル。SAKURAがリリースされた当初は、どの番組、どの雑誌においても、黄色いTシャツを着ていたため「あの子は黄色いTシャツしか持っていないのか?」と各地で聞かれた。小田和正さんの「クリスマスの約束」に出演したときにも、あの小田和正さんに「黄色好きなの?」と直接聞かれた。
まだ全くの無名に近かったいきものがかりを、少しでも印象付けるためあえて黄色いTシャツで統一していたものだが、セカンドシングルのHANABIの時期では黄色いTシャツがちょっとオレンジ色のTシャツにマイナーチェンジしていた。

第14項 【ジャージ(ジャージ)】

デビュー当時の水野の衣装の定番スタイル。当時、水野は10着近いジャージを所有していたが、こちらの方は吉岡の衣装のようなプロモーション的側面はあまりなく、単にファッションにうとい水野が「楽だから」という理由で勝手に自分をジャージキャラに設定していたらしい。ちなみに、一番のお気に入りは、学生時代に国立にあるジーンズメイトの安売りで購入した2980円のコンバースのジャージ。いまだに愛用しており、「ジャージに毛玉が付く」という奇跡を起こしている。
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by ikimonogakari2 | 2007-11-11 02:49
よっちゃんのつぶやき74



いきものがかり辞典~イキペディア~




第6項 【第一印象】

1989年、神奈川県の海老名市内の小学校で水野と山下が出会う。

水野「山下”ほたる”くんだと思っていた」

山下「とくに印象にない」


1999年、水野と吉岡が厚木市内の練習スタジオで出会う。

水野「顔がまるいなぁ」

吉岡「何考えてるかわかんない、このひと。」


同年11月、3人での初めての路上ライブ。
小田急線の相模大野駅前で水野と山下が路上ライブを行っていたところ、たまたま一緒にいた吉岡の兄”吉岡くん”が、電話で妹を呼び出してくれた。やってきた吉岡が、飛び入りで路上ライブに参加し、これがいきものがかりが3人で行った初めてのライブとなる。
ちなみに、山下と吉岡はこのときが初対面。


山下「自然だった」

吉岡「モテそうだな、このひと」




第7項 【記念日】

いきものがかりが結成された日…1999年2月1日

水野と山下が、近所のコミニティーセンターの駐車場で初めてふたりで練習をした日であり、公式にはこの日をグループの結成日としている。


いきものがかりが初めて路上ライブをした日…1999年4月12日

小田急線の相模大野駅前にて、水野と山下が初めて路上ライブを行った日。
ちなみに、初めて演奏した曲は山崎まさよしの「FatMama」
ちなみに、初めて立ち止まったお客さん(20代女性)の第一声は「ねぇ、君たち、ナミエ(安室奈美恵)できる?」


いきものがかりが3人になった日…1999年11月3日(推定)

第6項を参照のこと。
ちなみに初めて3人で演奏した曲はゆずの「夏色」



いきものがかりが初めてワンマンライブをやった日…2003年6月2日


受験による2年半あまりの活動休止期間を経て、復活を果たしたライブだった。それまで、路上ライブしかやったことのない3人が、高校時代の友人にサポートメンバーとして加わってもらい、初めてライブハウスでライブを行った。地元のサンダースネーク厚木で行われたこの初のライブハウスでのライブが、いきなりのワンマンライブであった。






第8項 【ブルースハープ】

いきものがかりで山下が担当しているパート。結成当初、山下がかっこよくブルースハープを吹いているのを見て、自分もブルースハープを吹こうと思った水野だったが、山下に「俺のポジションがなくなる!!」と怒られ、断念した。以来、水野は一度もブルースハープを吹いたことがない。


第9項 【路上ライブ】

インディーズ時代、いきものがかりの活動の大部分を占めていたもの。

結成間もない高校時代には、毎週水曜日小田急線の本厚木駅前にて路上ライブを行っていた。当時は、学校帰りに3人とも学生服のまま演奏をし、ドリカム、aiko、ゆず、サザン等々のコピーを中心にライブを行っていた。

受験による活動休止期間を経たあとのインディーズ時代には、地元海老名や本厚木だけでなく、町田や新百合ヶ丘、横浜や桜木町などなど、様々な土地へ出かけることも多くなった。

以下、メンバーの記憶にある範囲で、路上ライブを行ったことがある駅、場所をあげる。



小田急線 本厚木駅
   同線 海老名駅
   同線 相模大野駅
   同線 町田駅
   同線 新百合ヶ丘駅
   同線 小田急多摩センター駅
   同線 藤沢駅
   同線 小田原駅
   
 相鉄線 横浜駅
東急東横線 桜木町駅

大阪心斎橋駅付近、商店街


      








まだまだ続くよ!


その前に広島FMの生放送行ってきます!
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by ikimonogakari2 | 2007-11-06 19:40
よっちゃんのつぶやき73
突如として、はじめます。



いきものがかり辞典。





…のコーナー。



いやさ、最近いきものがかりを知った人とかさ、やっぱり多いでしょ。




決してブログのネタがない!…ってわけじゃないのよ(笑)




ただ、ちょこっとずつでも知っていってもらったほうがいいじゃない。

いきもののことをさ。



ほら、いろんなところで必ず受ける質問とかもあるからさ、スタンダードなところを、こうリーダーの水野が書いていくみたいなさ(笑)




え?いや、だから違うって(笑)



ブログのネタがない!…ってわけじゃないから(笑)









いきものがかり辞典~イキペディア~



第1項 【いきものがかり(イキモノガカリ)の名前の由来】


メンバーである水野良樹と、山下穂尊が小学校1年生のときに二人でクラスの生き物係を担当していたことから。いきものがかりは1999年、まず水野と山下の二人で結成された。小中高と、同じ学校に通っていた二人だったが、小学校1年の時をのぞいてクラスも別々でお互い顔と名前を知っている程度だった。そのため、何年もの間、同じ学校に通っていたにも関わらず接点がほとんどなかった二人は、自分たちの唯一の接点である”生き物係”を仮のグループ名として決めた。
この「ま、とりあえずでつけた仮のグループ名」が、その後の人生まで左右するとは、もちろん二人とも全く予想していなかった。


第2項【吉岡聖恵(ヨシオカキヨエ)が加入した経緯】


吉岡は、水野と山下の高校の同級生の妹。
99年当時の路上ブームに便乗してストリートライブを始めた水野と山下だったが、半年ほどして、駅前のいたるところに自分たちと同じような”男二人組の路上ユニット”がいることに気付いた。当時、近くに女子高がある駅をわざわざ選んで路上ライブを行い、よこしまで、それでいて純粋な動機で活動を行っていた二人は「このままではありきたりでなんだかおもしろくない、…というかモテたいのがバレバレだ(汗)」と考え、自分たちの真ん中に女の子のボーカルを入れることを思いつく。そこで登場したのが歌がうまいと噂の”吉岡くんの妹”、吉岡聖恵だった。


第2項・続【吉岡聖恵を紹介した兄・吉岡くん(アニ・ヨシオカクン)が加入しなかった経緯】


吉岡を紹介してくれた吉岡の兄”吉岡くん”は、当時パンクバンドのボーカルをしていた。水野、山下、そしてその”吉岡くん”が通う高校は軽音楽部が無い一方で、バンドがとても盛んな学校で、校内にいくつものオリジナルバンドが乱立していた。そのなかでも水野が組んでいたバンド”Groovy★Jack”と、吉岡くんが組んでいた”HotSpring”はとても仲が良く、イベントを一緒に行ったりしていた。そんなパンクバンド”HotSpring”のボーカルをすでに担当していた”吉岡くん”を、わざわざ引き抜いてまで誘おうと思わなかったこと、そしてそもそも男の子じゃなくて女の子を探していたことが”吉岡くん”が加入しなかった要因だ。


第3項【海老名・厚木(エビナ・アツギ)】


神奈川県の県央地区に位置する、いきものがかりのメンバーの出身地。
水野・山下は海老名市出身で、吉岡は厚木市出身である。


第3項・続【海老名(エビナ)】


水野・山下の出身地。
東名高速道路の海老名サービスエリアが有名。水野は学生時代4年あまりの間、海老名サービスエリア(下り)でアルバイトをしていた。エリア内で売られるメロンパンは、各種メディアで何度も取り上げられるほど有名。ここ数年、駅前に出来た大型ショッピングモール”ビナウォーク”の影響で街が大きく発展し、「サービスエリアしかねぇー街」から脱皮しつつある。


第3項・続【厚木(アツギ)】


吉岡の出身地。
小田急線の「特急ロマンスカーが止まる駅」であることを盾に、「特急ロマンスカーが通り過ぎる駅」である永遠のライバル海老名と対抗してきた。意外と知られていないが、「ハーモニカの街」として全国的に有名である。また七沢温泉など、温泉がいくつかあることでも知られる。
ちなみに、マッカーサーが降り立ったことで有名な”厚木基地”は、厚木市内にはない。
ちなみに、小田急線と相模線の”厚木駅”は厚木市内にはない。なぜか海老名市内にある。



第4項【SAKURA(サクラ)】


いきものがかりのメジャーデビューシングル。
2005年、いきものがかりのメンバーはデビューに向けて試行錯誤を繰り返していた。インディーズ時代よりもはるかにハイペースで楽曲制作を行い、いくつものアレンジを試したり、何度も歌詞を書き直したりと、デモ制作の作業は難航を極めていた。
そんななかで自分たちを見失いかけていたメンバーは「一度、全部フラットにして、好きなように曲をつくろう」と、一度スタートラインに戻ることを決意、そのなかで上がってきた楽曲がのちにデビュー曲となるSAKURAだった。

当初、同名の名曲がすでに多く世に出ている”SAKURA”というタイトルでリリースすることには反対する声もあった。しかし、邦楽が大好きで、邦楽によって育てられたと認める自分たちが、その最もスタンダードなトピックである”桜”という存在に真正面から向かわないのは、かっこ悪いんじゃないか、「てか、そもそもこのサビじゃ”SAKURA”以外にタイトルつけられないよね」と思い立ち、そのままリリースすることとなった。

歌詞の制作は、楽曲以上に困難を極め、当時のディレクターと水野との歌詞についてのやりとりは数十回に及んだ。細かい修正も含めて30パターン近いボツ歌詞が存在する。最終的に、大阪のアメリカ村の喫茶店で現在の歌詞が完成した。
ちなみに歌詞が完成したとき、吉岡と山下は、喫茶店にひとり水野をとり残し、たこ焼きを食べていた。この話は大阪でのライブMCの定番ネタである。



第5項【水野良樹は本当にリーダーか(リーダーカ)】


メンバーは、公の場で、いきものがかりのリーダーは水野であると認めてはいる。
しかしながら、意外と知られていないが、このリーダーの決定は水野の自称である。
メンバー間では一度も誰がリーダーかを話し合ったことはない。水野がいつの間にか勝手に言い出していたことであり、それがそのまま知らず知らずのうちに追認されていった。

ひとつ要因を挙げるとすれば、インディーズ時代、ライブのチラシやHPを自分たちの手で制作するうえで、事務作業が得意な水野がそれらの仕事を一手に引き受け、いわばプレーイングマネージャー的に動いていた時期がわずかながらあったことが考えられる。

実際には、メンバー内のいざこざを「ま、どっちでもいいんじゃね」とそのおおらかさ抜群の一言でまとめあげる山下が実質的なリーダーなのではないかという説も根強い。











書き出したら、おもしろくなってきた。


今日は試しに5項目。


これ続けようかな。




ま、気が向いたら(笑)




なにかいきものがかりのことで知りたいことがあったらコメントにでも書いて聞いてちょ!!
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by ikimonogakari2 | 2007-11-06 03:48
よっちゃんのつぶやき72



学園祭ツアーも佳境であります。





ほいきた。日本大学工学部!

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学生さんたちが、僕らの楽屋に歓迎のメッセージを書いてくれていたりするのです。



ありがたいかぎり。嬉しいです。






こちらは東北福祉大の皆さんが書いてくれた色紙!

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さらに昨日の中央大!

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学生さんたちにとって、これからの未来、もっとも思い出深い日のひとつとなる学園祭という瞬間に僕らがお手伝いできて、すごく光栄です!
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by ikimonogakari2 | 2007-11-02 12:55